2011年3月26日土曜日

「はいやく」で韓国薬膳料理

東銀座の韓国薬膳の店で友人と食事。節電で夜の銀座は真っ暗でした。レストランも軒並み営業時間短縮。でも「はいやく」はほぼ満席。

お上品な料理ばかりで、美味しかったです。

前菜3種、中肴4種(写真)、チヂミ、小さな参鶏湯をいただきました。3900円だからお手頃。

食事中の話題はやはり地震のことばかり。でも女友達と会うのはとても良い気晴らしになりました。

2011年3月22日火曜日

今日は地震が多い

今日は何度も揺れを感じた。ここ2日ほど落ち着いていたのに。震源地は福島、茨城、千葉あたりがほとんど。うちの近辺で計画停電は実施されなかったが、調布駅前、実家は午後の3時間ほど停電になった。雨が降って寒かったと思う。
中途半端な時間に計画停電が実施されると大型店舗は一斉に休んでしまうので大変だ。調布パルコの食料品売り場なんて、今日は10時~13時しか営業しないらしい。
ガソリンスタンドや生活用品の不足はひと通り解決したようだ。あとは電池と防災用品かな。
うちでは、こんな時にガスレンジが1口点火しなくなった。停電中はガスだけが頼りなのですぐに無料で応急処置をしてもらった。即日来てくれたのは助かった。次壊れたら部品交換だそうです。
福島の原発では煙が出たり放射能が高かったりで遅々として作業が進展しない様子。


<<事象>>
放射能は落ち着いているが周辺への影響はとても大きい。福島や茨城の農作物や牛乳が出荷停止になった。原発から16キロ離れた海水からも放射能が検出された。

2011年3月21日月曜日

地震から9日め

朝から雨模様。懸命に作業している人たち、避難している人たちはさぞかし寒いだろう。本当に気の毒なことだ。
泊まりに来た従妹と一緒に朝ご飯を食べてから、牛乳を買いにパルコへ向かった。念のためバス停前のセブンイレブンに寄ってみたら、「昨夜は午前1時に10本だけ入ってきたよ。今日も夜中に来ればあると思う」とのこと。そんな根性はないのでバスで駅前へ。牛乳はパルコにちゃんとありました。おひとり様1本限定。普通の牛乳と低脂肪がそこそこ並んでた。開店と同時に入店すれば買えるってことですね。
ガソリンスタンドは閉店しているにもかかわらず待ち行列ができていた。どうしてだろう。
雨のなか外出してもおもしろくないので、昼は3人で宴会。鍋や金目鯛の一夜干しでビールをいただいた。こないだ市場で買った金目鯛の残りほ半身だが、やはりすごく美味しい。
従妹は14時前に帰っていった。

<<事象>>
消防庁が夜を徹して3号機に放水していたそうだ。午前6時40分、今度は自衛隊から4号機に放水。同時にはできないのだろうか。
午後4時、3号機から灰色の煙で作業員が退避。放水と電源復旧の優先順位づけは難しそうだ。

2011年3月20日日曜日

退屈してた従妹がやってきた

朝からテレビに張り付いたりFacebookを眺めたりしていたが、いよいよ退屈になって一人暮らしの従妹に「来ない?」って言ってみたら「今から行く」と返事が来た。計画停電やら何やらで、みな予定がすべてキャンセルになり、3連休をもてあましているようだ。Facebookのコメント数がやたら多いのもそのせいだろう。
さあ、お客さんが来るというのでリーパパも活動開始。いそいそと部屋を片付けたりしてくれた。ようやく連休にメリハリがついてきた感じ。
調布駅に従妹を迎えに行ったついでに、パルコに寄ってみた。お惣菜屋さんが何軒か閉まっていたのと、冷蔵用品、牛乳、米がまだまだ品薄のようだ。
いつもはなかなか予約の取れない調布が誇る鰻の名店「鈴木」に電話をしてみたら、今日・明日はテーブルが取れるとのこと。大変珍しいことなので夜、従妹と一緒に行ってきた。
鰻の串焼きやうな丼、白焼き丼を堪能。相変わらず美味しいな~~。
御主人によれば、地震の影響で予約のキャンセルも出ているらしい。特に今日は計画停電が夕食の時間帯だったからね。前日に停電が中止になったからと言って、お客さんがすべて戻ってくるわけじゃないんだろうな。むむむ。大変そうだ。

<<事象>>
放水が一定の成果をあげているようだ。保管プールの水温が少し下がってきた。
2号機の電気は復旧したようだが、機械類がまだちゃんと動かない。
午前中、自衛隊が4号機への放水。屋根が吹っ飛んでいないので狙いが難しい。
午後9時半、消防庁が3号機への放水を開始
5号機、6号機は冷温停止でひと安心。1~4号機は予断を許さない状況

高校生と80歳の女性が9日ぶりに救助された。まだ生存者がいるかもしれない。一方、救助を待ちながら消えていった命も多くあっただろうと心が痛む。

2011年3月19日土曜日

地震から8日め

西友まで行っても品物があるかわからないし混んでそうだから行かなかったが、コンビニや小型スーパーの冷蔵用品はかなりの品薄状態のようだ。棚がガラガラ。でも、近所の市場で肉屋も魚屋もふつうに営業していた。魚屋の馴染みの小さいおっさんが「米、あるよ」と闇市ばりに声をかけてくれた。店頭に並んでないから隠し在庫があるらしい。有難いけど、「まだある」って言っておいた。
自家製豆腐屋は朝から忙しそう。チーズ入りのがんもどきをおつまみ用に買ってみた。今回の件で市場周辺は活気づいてる。POS やレジ、照明がなくても営業できるから。
牛乳はどこへ行っても売ってない。紅茶用にクリープ購入。買い物の後、朝ご飯は市場のカウンター蕎麦「一休庵」。山かけ月見蕎麦を食べた。最近早起きだわ。
ガソリンはまだまだ大変です。安定供給には程遠い。ガソリンスタンドには長蛇の列。
昼は実家からもらった九州ラーメンにネギ入れて食べた。夜は魚屋で買った金目鯛の煮つけ。立派で一尾2800円もした。これって普通?食べきれない半身はいまベランダで干した。
夜になって煮魚にしたら、これまでで一番と言っていいほど脂がのっててサイコーでした。伊豆に行ったってこんな美味しいのなかなか食べれないわ。高いだけある。幸せ。

<<事象>>
消防庁が夜を徹して3号機へ放水。5号機の水循環機能が復活。
午後、消防庁が3号機に放水。6号機の冷却機能が回復。
5号機と6号機は明るい兆し。それ以外は落ち着いているようにも見えるが実際は進展がないように見える

2011年3月18日金曜日

サンドイッチを買えただけで

朝、コンビニへお金をおろしにいったら、たまたま入荷のトラックがきていた。
お昼用のサンドイッチをひとつ買えただけで、すごくラッキーな気分。
2度の計画停電の合間が3時間しかなく、西友なんかは入場制限をかけているらしい。
明日からどーしようかな~
夜になって、青年会議所がやっていた救援物資の収集所へ。なけなしの歯ぶらし、歯磨き粉などを寄付しに行った。いい月が出ていました。

<<事象>>
余震は収まってきた。後は原発の様子が気になる。
午後2時、自衛隊と東電職員が3号機に地上からの放水を開始。事態はさほど進展していない。

2011年3月17日木曜日

東京のガソリン事情

買い占めは良くないと思う。でも予期せぬ停電が起きたとき、立体駐車場の車は出せない。何といっても大きな地震が多発している昨今である。迷ったあげくキャンピングカーにも少々給油しておくことにした。
昨日の夜、ガソリンスタンドを直接訪ねてみたところ(電話にでてくれないし)、「明日9時ごろ来てもらえれば夕方営業のぶんの整理券を発行します」と言っていたので、念のため8時半に家をでてみた。整理券をもらうだけだから歩きで。
びっくりした。

すでに車が長蛇の列。前日に整理券をもらって給油に来ている人、夕方のぶんの整理券をもらおうとしている人、待ってれば給油できると勘違いしている人などなど・・・車列の最後尾に自転車で来ている女性がいたので合流して待つこと一時間。近所のお好み焼き屋さんのおかみさんらしい。なんのかんのおしゃべりすること1時間、車列は住宅街まで連なり、危険な状態になっている。寒いから暖房も入れてるだろうし、ガソリンは減る一方のはず。業を煮やしてスタンドの様子を見に行くと、なんと店員が出勤してない!!道理で交通整理されてないわけだ。

11時、第1原発3号機で水素爆発。11名負傷。2号機の冷却装置が停止、緊急事態に。2号機に海水注入開始。2号機で大幅に冷却水が減少。再度カラ炊きに。東京ではなお余震をたびたび感じる。


スタンドには、徒歩で来ている 7-8 人が車とは別の列を作っていた。車の後ろに並ぶべきか、徒歩は徒歩で別の列を作るのか・・・ むむむ。

とりあえず、お好み焼き屋さんの所へもどり、ガソリンスタンドへボチボチ戻ると、なにやら大変揉めている。ガソリンスタンドが「整理券は出さない」と言い始めたのだ。一番前の車は朝6時から4時間も待っているのだから、騒ぎが起こるのはあたりまえ。結局、整理券が出ることになって、私は無事に16時〜20時のあいだに 5000円分の給油ができる権利をかちとった。

なかには「車が2台あるから2枚寄こせ」と、気弱そうな店員に迫る人もいてどうかと思ったけど・・・ 徒歩で行ったのが本当に正解。車の人はほとんど整理券回ってこなかったはずだから。

住民に奇妙な連帯感が生まれ、お好み焼き屋さんとの再会を約束して家に帰った。

さてさて、リーパパの帰宅を待って給油を頼もうと思っていたのに、東京で大規模停電の恐れがあるというニュースが・・・ 仕方なく停電終了と同時に外に出た。2年ぶりくらいによっこらしょっとキャンピングカーを運転し、1時間ほど並んで給油完了。なんつー日だ・・・

リーパパは交通網の混乱を避け、都内でつけ麺を食べて10時ごろ帰ってきた。もう電車はすいていたらしい。

<<事象>>

17日朝、第1原発3号機で白煙。陸自ヘリから放水4回。あまり効果はない。第1原発で送電線引き込み工事を開始。19時、高圧放水車による放水は放射線が強すぎて5分で終了。19時35分、自衛隊の放水開始、30分ほどで終了。

2011年3月16日水曜日

福島の様子が気になる

福島の原発で事態が深刻化している。ニュースを見守るしかないが、度重なる地震も相まって落ちつかない。今もまた揺れた。今度は千葉沖。今日は北風が強く、ゴーゴーと音がする。都心方向の空は土色に見える。湾岸あたりの液状化現象の砂らしい。猫たちは地震に慣れて少々のことでは目覚めない。肝がすわつてるなあ。

<<事象>>

午前5時45分、4号機建屋で再度出火。停止していた5号機と6号機の水温が上がっている。空からの放水は放射線が強すぎたため断念。13時、千葉沖で震度5。

2011年3月15日火曜日

計画停電を待つ不安な一日

朝5時に大きめの余震で起床。まだ薄暗かったけど、起きてみる。
しばらくテレビをつけず、「調布FM」を聞くことにした。軽快な Jazz の合間に計画停電の予定や近隣の商業施設の開店時間を教えてくれる。狭い調布市ならではのきめ細かい情報はとても助かる。正直、地震の前は調布FMの存在すら知らなかった。地元ってありがたい。
8時ごろテレビをつけて、一気に暗い気持ちになった。度重なる原発の事故。この先どうなるんだろう。
10時には市場の八百屋へ。地元産の野菜を売っているが、あらかた売り切れている。なんとまあ・・・ 牛乳はどこにもない。
11時、リーパパが駅の様子を見に行って卵を買ってきてくれた。駅前は買い物客が右往左往しているらしい。私たちは調布FMを聞いていたからこそパルコの地下食料品店が開いていることを知っていたが、他の人は西友もパルコも、店に行って張り紙を見るまで営業時間もわからないのだ。
外出の予定はすべてキャンセルしたので基本的にヒマ。キムチを漬けたりしてすごすしかない。
12時すぎ、放射能漏れのニュースが流れて、することもないのでおしゃぶり昆布を買いに行った。前にテレビで、放射能汚染を予防するには昆布を食べよ、と言っていたのを思い出したのだ。後から調べると、どうやらいいかげんな情報だったらしい。ま、いっか。
18時20分から計画停電が予定されていたので夕方お風呂に入って、早めに夕食の支度。
19時を過ぎてから、リーパパが都内に向かった。今日は都内に宿泊して明日の早朝会議に備えるらしい。結局、調布市の計画停電は中止になった。
明日は事態が好転していますように。

<<事象>>
第1原発2号機の水位が回復しない。4号機で新たに爆発。2号機でも爆発音。2号機の圧力抑制室に欠損を発見。午前10時に放射線漏れを観測。22時半ごろ、静岡県東部で震度6強。今度は静岡?と不安になる。同時に福島県沖でも震度6の地震。どうなってるんだ・・・

2011年3月14日月曜日

買い物パニック

朝6時過ぎにふたりとも家を出た。私は卸売市場に買い出しに。リーパパは会社に。
飲み物などを買いたかったので近いけれど車で行って良かった。7時前にもかかわらず雑貨屋に長蛇の列。トイレットペーパーなどを買うために30分ほどレジに並んだ。いつもお客なんてぜんぜんいない個人商店なのに・・・ しかもこんなに早い時間にね。 隣りの店で水とお茶を購入、市場の八百屋でも買い物ができました。ほっとひと息。
リーパパは駅まで行って、あまりの混雑に出勤を断念。7時ごろ帰ってきました。
で10時前に、駅前の様子を見に行ってみた。大勢の買い物客が右往左往している。西友もパルコもお休みで、まだ開店前の八百屋に待ち行列ができていた。
いつもキャットフードを買っている店では、「横浜の倉庫が液状化現象で出荷できないらしい」との話。少し多めに猫缶を補充。ついでに電池があるか聞いてみたら、「メーカーが首都圏では出荷停止している。被災地が先なので。」と言われた。ごもっとも。
コンビニで牛乳の入荷予定を聞いてみた。「夜中に入る商品が今ごろ来たのよ。牛乳は発注したけどぜんぜん来ない」だそうです。
調布駅前には電車に乗りたい人の列が1キロ以上続いていた。行列は駅の入口の数だけある。なんとまあ・・・大変なことになってしまったことを改めて実感。
日本経済はどうなるんだろう。


電車を待つ人たち


















旧甲州街道まで電車を待つ人が並んでいる。駅から1キロくらいあるかも












<<事象>>
3月14日(月) 茨城、福島を震源とした余震が多数。だんだん地震酔いの症状がひどくなり、揺れていなくても揺れている気がしてくる。11時1分、3号機で水素爆発。午後早くには2号機も緊急事態に。海水を注入開始。その後、2号機がカラ炊き状態に。夜には中性子線が検出された

2011年3月13日日曜日

猫たちのお迎え

八王子まで猫たちを迎えに行きました。高速も道路もガラガラ。地震から2日たっても皆さん外出を控えているようです。ガソリンスタンドは長蛇の列。ガソリンが売り切れ次第閉店するスタンドが続出しているようでした。当日夜に満タンにしておいたのはど正解。この日は比較的日常が保たれていた。夜になって、輪番停電が発表されるとともに、東京に買いだめパニック襲来。それからコンビニに買い物に行ったら、水もパンも電池もなんにもない状態。明日からが非常に不安だけれど、とりあえず5時半に起きて市場に買い出しに行こうときめ、就寝しました。

<<事象>>
3月12日(土) 4時3分、4時31分 新潟県中越地方で震度6強。また震源地が違う
大震災の津波の映像がじょじょにテレビで流れはじめる。大変なことになったのはわかるが、全体像が見えてこない。早朝、第1原発の10km圏内の住民に避難指示。15時36分、1号機で水素爆発。夕方、避難指示範囲が20km圏内に拡大。ようやく海水の注水を開始。
3月13日(日) 長野県北部で震度4程度の地震が複数回。宮城県沖でも震度5の揺れ。原子炉は1号機につづいて3号機が危険な状態になり、海水注入を開始。



2011年3月12日土曜日

大地震当日

翌日からのソウル旅行に備えて猫たちを朝一番に実家に預け、午後ゆっくり掃除と荷造りをしていました。洗濯乾燥機の前に立っていたら何だかリビングから「カタカタ」と音がし始めた。誰もいないのに何事かと行ってみると、照明器具が揺れ始め、ああ地震か・・・と思っていたらだんだん揺れが大きくなった。最初の揺れがとても小さかっただけに少々キョトンとしてしまったが、これまで経験したことのない横揺れが続き、立っていられない状態に。壁にしがみつくようにして、ひたすら「早く終われ」と祈るばかり。これまでの地震の経験から、マンションの強度には信頼を置いていたのだけれど、それでも本当に不安だった。だって揺れがとても長かったし大きかったから。終わってみれば、家具などは倒れることもなく、写真たてなどが落ちただけ。
茫然とテレビを見ると、震源地が宮城県と知って驚いた。てっきり関東大震災だと思っていたから。
猫がいなくなってから午後にゆっくり掃除機をかけようと思っていたが、そんな気になれずにアイロボットにお掃除を頼んだ。それが大問題!!リーちゃんが朝方おしっこに失敗して、猫のトイレ前におしっこの水たまりがあったらしい。地震のせいで呆然としていたから、事前確認せずにアイロボットを稼働したから、さあ大変!テレビを見ていてものすごい悪臭に気づいたけれど後の祭り。アイロボットがリーちゃんのおしっこを家じゅうに引きずり回したのだ!!それから度重なる余震のなか、家じゅうの床を拭いて歩くハメになった。とほほ・・・
夜はリーパパが帰ってくるまでテレビを見てた。で、10時ごろ思い立ってガソリンを満タンにしに行きました。この時点ではガソリンスタンドは平常通り営業していました。
ところで、地震直後からメールも携帯も通じなかったが、Facebook と Skype は優秀でした。すぐに皆の場所や安否がわかりました。すごい!お勧めです。
リーパパは1回目の地震のときは会社、2回目はタクシーに乗っていたそうです。2回目の揺れでようやくコトの重大さに気付いて皇居に避難したって言ってました。皇居前は大勢が避難し、ものすごい数の羽虫が飛んでいたそうです。電車も止まったので半蔵門の飲食店で午前0時まで待機。新宿三丁目まで歩いて京王線に乗って帰ってきました。午前2時半に調布駅まで迎えに行きましたよ。ものすごいタクシーの待ち行列でした。
翌日のソウル便がキャンセルになり、夜中のうちに旅行中止が決定しました。

<<事象>>
14時46分 三陸沖で震度7の地震 (東京は震度5強)
15時6分 茨城県沖で震度6弱の地震 (東京は震度4)
東京でも強い揺れ。九段会館の天井が落ちて死傷者。この時点で、津波の被害がこんなに大きくなるとは想像できなかった。
地震発生直後、家族の無事を確認。ガスが止まったので床暖房が停止。寒いが窓と玄関を夜まで開け放しておいた。余震が次々に襲ってくる。首都圏は交通網が完全麻痺。JR は早い時点で11日中の運行をギブアップ。帰宅難民が多数。都内は大パニック

2011年3月2日水曜日

タイ料理教室

初めてのタイ料理教室にいってみた。
設備はこじんまりしていたけれど、アットホームな感じで楽しかった。つぎはタイのお花見弁当でも習いに行こうかな。
今日のメニューは、イカの入ったサラダ、エビのにんにくソース和え、白身魚の蒸し物。